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CoroSono Life

東京大学コーロ・ソーノ合唱団のブログです。 各種イベントや日常の練習風景などをお送りいたします。
2019
10,11
こんにちは!

3年ベースの一ノ渡です。
昨日は表題曲「新しい歌」の練習をしました!

この曲の難しいところは、なんと言ってもフィンガースナップやハンドクラップがあるところでしょう。
テンポキープするのが難しく、手を動かす方に気を取られると歌の方がおろそかになってしまいます…
おうちでひたすら練習しなければ、、、と思いました(今も練習中)
本番で綺麗にそろったら絶対かっこいいですよね^ ^

さて、この「新しい歌」の歌詩に注目すると、「歌」というものをかなりメタ的に扱った詩であることがわかります。
実はロルカに限らず、いろんな詩人が「歌」や「音楽」にまつわる詩をたくさん書いているんですよね。
もともと現代の詩の源流を辿れば和歌や歌謡、万葉に行き着くわけで、それらは「うたう」ものであったわけですから、
詩人たちが歌や音楽に関心を抱くのも納得できる気がします。

しかし、僕がひとつ疑問を抱くのは、この「歌」や「音楽」は、単純にmusicを指すと考えていいのかということです。
いろんな詩を読んでいると、詩人たちがいう「歌」や「音楽」というのは、musicよりももっと広い射程を捉えている気がするのです。
僕の好きな詩人の1人に立原道造という人がいて、この人も詩に「歌」や「音楽」という言葉を多用するのですが、
立原道造のある研究書に、「立原にとっての音楽は、様々な事物の秩序が整っていて、お互いが調和して世界が満ち足りている状態を指している」というような指摘があり、
これを読んだ時に自分の中のモヤモヤしていたものが晴れわたる思いがしました。

「新しい歌」という曲集には「歌」という言葉がたくさん出てきますが、これを単純にmusicと捉えず、
もっと大きいものを想像して歌うといいんじゃないかと思いました。

さて、最後に、今年の夏に僕が島根県の実家に帰省したときに作った詩をここに載せます。
家の窓から外の景色を見ていてふと音楽を感じたので、そのときの感懐を綴りました。


気層のしたにやさしい音楽が眠っている
夏の平野を吹き抜ける風が
空に隠された楽器の弦をかき鳴らすようだ

田んぼの稲は激しく風に吹かれ
空から気流の鳴る音が聞こえてくる
出雲平野を見下ろす遠い山なみが
こちらの世界とあちらの世界を隔てているようだ

うやむやになった因果律と
野原をかける風の叫び
聖玻璃のような日光のきらめきは
私には少し眩しすぎる
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